名古屋地方裁判所 昭和29年(行モ)2号 決定
名古屋地方裁判所昭和二十九年(行)第四号異議決定の取消並びに解職請求の却下請求事件の判決確定に至るまで、被申立人が昭和二十九年三月五日申立人の祖父江町長解職請求者署名簿に関する異議申立につきなした却下決定の効力を停止する。
手続費用は被申立人の負担とする。
二、事 実
申立代理人は主文第一項同旨の停止命令を求め、その申立の理由として次のとおり述べた。
一、申立人は祖父江町長であるが、同町選挙人岩狭貞治郎外十五名は同町長解職請求代表者となり同町の有権者に対する署名運動の結果三、五一〇名の選挙有権者の署名を得たとして被申立人に対し右署名簿の確認を求め、被申立人は署名の効力を審査のうえ右のうち三、三三一名の署名を有効と認定昭和二十九年二月十三日より該署名簿の縦覧を行つた。
二、申立人は昭和二十九年二月十九日右解職請求者名簿の署名について被申立人に対し異議の申立をなしたところ、被申立人は同年三月五日右異議申立は正当でないとの決定をしたので、申立人は更に同年三月十九日名古屋地方裁判所に対し右決定の取消と本件解職請求却下の裁判を求めるため訴を提起し、目下同庁昭和二十九年(行)第四号事件として係属中である。
三、申立人が被申立人に対する右異議申立において主張したところは
(イ) 本件解職請求者署名簿中には、同一家族にして同一筆蹟と認められるもの二、二三八名を数えることができるので、計数上尠くともその半数の一、一一九名は自署でない無効の署名であることが推測できること。
(ロ) 本件解職請求者署名簿中第七号簿冊中においてその一、二〇一番より一、二五五番に至る合計五五名、第一号簿冊中五番ないし三〇番及び三四番ないし三六番の合計二九名の各署名は回覧板式持廻りによつたものであり、解職請求代表者によつて署名のしゆう集が行われなかつた無効の署名であること。
(ハ) 同じく第十六号簿冊中船橋くに、同よしえ、第八号簿冊中後藤末一、同秀子、第十八号簿冊中船橋栄之助、同薫、同義行合計七名の署名は解職請求代表者又はその委任をうけない第三者によりしゆう集された無効の署名であること。
(ニ) 本件署名簿中選挙人名簿の氏名の不符合の署名四八九名は当然無効の署名であること。
等であるが、これらによれば有効署名総数は二、二九〇名となり解職請求に必要な署名数たる二、八三八名に達しないこと明らかであるので、多くの費用と手数とによつて行われる解職賛否投票も一切その根拠を失いこれによつて申立人の蒙る損害は償うことのできない莫大なものがあるから、この損害を避けるため被申立人のなした主文第一項掲記決定の効力の停止を求めるため本件申立に及んだのである(疎明省略)。
被申立人は申立却下の裁判を求め、答弁として申立人主張にかかる(一)及び(二)の事実を認め、その余の事実を否認し甲各号証は不知であると述べた。
三、理 由
申立人主張にかかる(一)及び(二)の事実は当事者間に争がない。そこで判断してみるに、町長解職のための直接請求は資格ある解職請求代表者による法定の有権者数の署名のしゆう集、右署名に関する当該選挙委員会の確認、解職請求の告知、賛否投票手続等一連の手続の下に行われるのであるが、本件において解職請求者署名簿の署名総数三、五一〇名のうち二、二一〇名の署名の有数無効が争われており、本案の審理の結果如何によつては有権者の署名が法定数を欠くため将来行われる解職のための賛否投票手続もその根拠を失い、従つてその投票の効力も後日争訟の対象となるおそれも容易に想像せられる。よつて右署名の有効無効未確定のまま爾後の手続を進行させるとすれば、これによつて将来生ずるであろう町政の混乱及びこれに費消せられる申立人の無用の時間と労力と費用の喪失並びに精神的損害は莫大なものがあることは容易に推測することができると共に、申立人の本件解職請求者署名簿の署名についての異議の対象は二、二一〇名の多数を数えるばかりでなく、証人日比野泰数の供述により一応真正に成立したと認めることができる疏甲第一号証及び同人の供述によれば、申立人主張にかかる各署名の有効無効についての被申立人のなした調査は相当ずさんなものであつて必ずしも信用できないことが一応認められる。従つて、かような事情の下に現在被申立人のなすべき本件解職請求手続一切を中止して速かなる本案の審理の結果を俟つたとしても、これによつて生ずる損害はこれを中止しないことによつて生ずる損害に比し甚だしく僅少であると謂うことができるので、本案判決の確定するまで申立人のなした本件異議申立を却下した被申立人の決定の効力を暫時停止するのを妥当であると考える。
以上のようなわけで、申立人の本件停止命令申請を理由あるものとして認容することにし、手続費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 山口正夫 松本重美 山田義光)